思考整理

こんにちは! 僕の考えが、あなたの感情を少しだけ揺らすことができればいいなと思います!

他人事のように考える

皆さん、恋愛相談に乗ることはありますか?

友達の恋愛相談に乗る時って、決まって「こうすればいいのにな~」と思うし、男友達だったらウジウジしてないで連絡しろ!ってを実際に伝えたりします。

だいたいみんな「でもそんなことしたら嫌われるかも…」とか言うけど絶対連絡した方が良いと思うんですよね。じゃないとそもそも始まらないし。
そして違う人の恋愛相談に乗るとまた同じようなことで悩んでるんですよね。またかよと。

…と、こんなふうに偉そうに言いたいことを言っているわけですが、
自分が実際恋愛する立場になったときって、彼らと同じような悩みを抱えちゃうんですよね


僕もそうです。嫌われるかもって悩みます。友達には「行動しないと始まらないよ!」とか言ってたのに行動しない。始まらない。

こーゆーことって日常でよくあると思うんです。


ハタから見てて思ったことって実際当事者になると出来なかったりするんですよね。


日本のことわざに「岡目八目」というのがあります。
これは囲碁が語源の言葉で、端から見ていると、実際に囲碁を打っている人よりも八目先まで手が読めるというものです。


当事者として必死になってる人より傍観者のほうが周りがよく見えるということですね。



このことを頭に留めておくと、自分が目の前のことに必死になって周りが見えなくなっているのではないかという視点が生まれます。

自分を客観視することはなかなか難しいですよね。

岡目八目を意識して、自分事を他人事のように考えるようにしたいものです。

英語は勉強するべき?

英語って大事ですよね。

社会人になって昇進するためにはTOEICが必要になるところが多いし、就職活動のためにTOEICの点数を聞かれたりと英語が大人気です。

 

こんなに英語が人気な背景には、やはりグローバル化があるのでしょう。
人間の移動にかかる値段はどんどん安くなり、国境を超えるハードルは下がる一方で国を超えた人の移動は増える一方です。

 

渋谷なんかに行くと歩いてる人の半分くらいは外国人なんじゃないかって気がします。
渋谷の回転寿司屋さんに至っては外国人しかいません。

 

 

これだけ外国が身近になった今、世界共用語(と言われている)英語の市場価値が高まるのは当然のことなのでしょう。

 

これからの未来で食いっぱぐれないために、やはり英語を勉強すべきなのでしょうか?

 

まず真っ先に思いつくのは、人工知能の発達による自動翻訳機ができるのでは?という懸念です。

 

個人的な考えですが、五年以内には完璧に近い同時翻訳機が市場に流通し、外国企業との商談も翻訳機を通して母国語で行えるようになるのではないかと思います。

 

現在でも既に同時翻訳機が売り出されはじめているのですから、完璧な商品が出来るのも時間の問題でしょう。

 

では、五年後を見据えると、英語を勉強するのは無駄になるんでしょうか?

 

 

同時翻訳があるんだったらわざわざ不得手な言語でコミュニケーションをとる必要もないのでは?

 

 

でも、同時翻訳機ができたとしても、やっぱり生身のコミュニケーションの方が気持ちが伝わると思うんですよね。

 

商談とかでも、ちゃんと英語を勉強して、英語を話してコミュニケーションした方が上手くいくんじゃないかって。

 

あともう一つ。同時翻訳ができてみんなが英語を勉強しなくなった中で、英語を話せたらそれって希少価値になるんじゃないでしょうか。

 

競合他社が機械に頼って商談しているときに、英語で商談ができれば有利なんじゃないかって思うんです。

 

同時翻訳があるからこそ、英語を喋れることの価値が上がる未来もあるかもしれません。

 

と、思いつつ、英語を勉強するべきか迷っている今日このごろでした。

人を頼るということ

こんにちは。

みなさん、人に助けてもらってますか?


学生のうち、特に研究室に入る前の授業に出てレポート書いて試験を受けるだけのときは人(特に目上の人。同級生は除く)に助けてもらう必要性はそんなに多くないと思います。


しかし研究室に配属されると1人で研究を出来るほど知識があるわけでもないので必然的に先輩や教授を頼って彼らの力を拝借して研究を進めていくことになります。


会社に入っても同じだと思います。
シゴトって1人じゃできないですよね。互いに協力しあって進めていくものだと思います。


自分の能力が至らないとき、人に頼ることは絶対に必要なスキルですが、僕はこれがものすんごく苦手でした。


研究で行き詰まっても先輩に聞くことがなかなかできず、かと言って自分一人で進めることもできず時間を無駄に浪費するということをしていました。。。


そんなの聞けばいいじゃんと思われるかと思います。僕もそう思います。でもそれができないのには理由があるんです。


それは受験勉強で培った「正しい答えを知っていないといけない」という潜在意識です。

私は高校受験、大学受験と人生で2回の受験を経験しましたが、そのどちらでも塾に通い、塾では正しい答えを言うことを求められていました。


塾の先生が「この辺の長さは?」と聞いてきたらその辺の長さの正しい値を答えることが正義であり、間違えることは悪なのです。

答えを間違えてしまったらしまったという気持ちになるし、次は間違えまいという気概を持ちます。


こうして「間違ってはいけない」という気持ちが知らず知らずのうちに蓄積されていき、人に質問することで自分の誤り、理解の至らなさが露呈することを恐れるようになってしまったのです。


このような間違えたくないというプライドは長年かけて形成されたもので、容易に変えられるものではありません。


しかし社会に出ていくのであれば、(研究室に残りアカデミックに進むのも同様ですが、)人を頼り、自分の過ちを指摘してもらうことは絶対必要です。

自分のためにも、意識的に改善することは急務です。

僕は現在、分からないことは意識的に質問するようにしています。
もちろんものすごく抵抗がありますし、こんなこともわからないの?と思われているんだろうなという気持ちもあり心中穏やかではありません。


ですが、このまま社会人になって1人で解決しようとして破滅する道を歩むことに比べたら屁でもないですね笑


がんばって自分を変えていきましょう。

自分を飽きさせない工夫をする

こんにちは。

みなさん、なにか新しいことを始める時、どうしてますか?

仕事のための資格勉強、趣味で将棋を始めようかな、英語を勉強しようかな


いろいろな「始める」パターンがあると思います。

仕事で絶対に必要!(やらないとクビ)とかならまだしも、自分の意志で始めようかなーって思ったことって往々にして続かないことが多いと思うんです。

例えば趣味で将棋を始めたとしましょう。


最初は将棋の入門書を買って読んでみて、詰将棋の本も一冊読んで、ネット対戦をしてみる。

最初はなかなか勝てないでしょう。そこでまた本で勉強する。でも実戦がしたくなりネット対戦をする。負ける。

最初は楽しいので続いていますが、だんだん勝てないことにイライラしてきて、だんだん頻度が減っていき、やらなくなるってこと、想像できますよね?



人は本来飽きやすい生き物で、飽きてしまうことってある意味当然だと思うんです。


だから、新しいことを始めるときって飽きることを前提としていたほうがいいと思います。

最初からよっしゃやったるぜ~!と気合を入れて全部やろうとしてもすぐに飽きてやらなくなるのが落ちなので、自分のモチベーションを維持できるように簡単なことから入っていけばいいのです。


例えば将棋の例ですと、
1.入門書を読む
2.詰将棋の本も読む
3.ネット対戦をする

といろいろ手を出していると思います。

ただでさえ新しい将棋という概念を理解するために脳みそに負荷をかけているのに、あっちもこっちも気を散らすようなことをしているとめんどくさくなっちゃいます。


ですのでこの場合はやることを絞り、
「将棋のルールだけ学んで、しばらくはひたすらコンピューターLV1と戦う」のようにするといいと思います。

やることを絞れば、脳のリソースを「コンピューターLV1に勝つこと」に集中させることができるのでそれほど負荷にもならないでしょう。


人は完璧主義であろうとします。

将棋を始めるからには戦術を学び、寄せを学び、詰将棋を学び、囲いを学びと全部をやろうとしてしまいがちです。

でも一歩立ち止まって考えてみてください。

そんなにいっぺんにたくさんのこと、できますか?



少しづつ、出来ることから始めていき、脳のリソースを分散させないことを意識すると長く続けることができると思います。

一番良くないのは最初がんばっていても途中でやめてしまうことですからね。



まとめます。
・人は飽きやすい生き物
・新しいことを始めるときは飽きない工夫が必要
・あれもこれもやるのは難しい
・やることを絞り、脳のリソースを集中させる
・大切なのは続けること

自分に合った勉強法を見つける

こんにちは。

みなさん、勉強してますか?

学生の人はもちろん日々学業に取り組み、宿題をこなし、大学生の方は単位のためにレポートを書いていると思います。

社会人の方も資格のための勉強、事業に関連する知識の獲得するための勉強、ありますよね

どんな立場の人であっても上を目指す以上勉強しなくていいということはないと思います。

人生これすなわち勉強。勉強は一生のテーマでしょう。



どうせやらないといけないのならできるだけ短い時間で最大限の効果を得たいと思うのは誰もが思う心情でしょう。

ここで問題なのは、「効率の良い勉強」というのは人によって異なるということです。

このことを知ってるか知ってないかでは雲泥の差です。

なぜなら、このことを知っていないと、本やネットに書いてある勉強法を試し、効果が薄いと嘆き、またダラダラと生産性の低い勉強をするということを繰り返してしまうからです。

そのような勉強法が合うかどうかはわかりません。

だから上手くいかなくても「あ、この方法は自分には合ってなかったんだな」と思えばいいだけであって別に落ち込む必要なんてないんです。


ある程度共通すること(珈琲を飲むと脳が覚醒して捗るなど)はあるでしょうが、
勉強方法というのは基本的にオーダーメイドで自分に合った方法を見つけるべきというのが僕の持論です。



例えば僕の例ですと、僕は1つの内容について2時間以上続けて勉強すると生産性が下がります。

二時間という数値は僕が自分の勉強特性を見極めるために自己観察を繰り返し続けてきた結果導かれた数字です。

これは途中で休憩を入れても回避できません。

人によっては1日中同じ勉強をしたほうが良い!って人もいると思うし、5時間くらいは続けて勉強してある程度まとまった理解を得てから次に移りたいって人もいると思います。

でも僕は2時間なんです。ここが僕のデッドラインです。

これを超えると飽きちゃって露骨に集中力が落ちるんですよね。

なので僕は勉強計画を立てるときは二時間を1つの単位として考えていきます。
自分の特徴に合わせてカスタマイズしたこの勉強法に変えてから、段違いに無駄な時間(=生産性が低い時間、勉強してるのに全然頭に入ってこない時間)が減りました。


みなさんも自分自身に合った勉強法があるということを知り、自分を観察してみることからはじめてみてください。

自分の特性を知らずに勉強計画を立ててもうまくいかないのは当たり前ですからね。



まとめます。

・効率的な勉強方法は人によって異なる
・勉強方法は自分用にオーダーメイドで作ろう



さて、今日も勉強頑張るぞー!

早かろう良かろうな気がする

こんにちは。

だいぶ暖かくなってきましたね。


この文章を読んでいる方には色々な肩書の方がいらっしゃるかと思います。


社会人の方、主婦の方、リタイアされた方、学生の方、、


どんな立場にあろうとも、それぞれの方にやらなければならないタスクというものが存在していると思います。


社会人の方だったら企画書の作成、報告書の作成、スライドも作らないといけない。

学生だと試験勉強、レポートの執筆。



みんなタスクを抱えて生きていますし、タスクからは逃れられないでしょう。


でも、タスクを消化する時間って激しく個人差がありますよね。


なんかやたら早く終わらせる人もいれば細部までこだわってじっくり時間をかけて良いものをつくる人もいます。


直感だと時間をかけた方がそりゃ良いものができるでしょって気がするんですけど、実は早いほうがむしろ良いものができるのではないでしょうか?


というのも、時間をかけてタスクに取り組んでいるときって、「考えてるフリ」の時間がけっこうあると思うんです。

僕の体感だと半分くらいの時間は「考えてるふり」です。笑


集中的に考えて、短い時間で完結させたほうが思考を散らさなくて済むし良いものができると思うんです。


僕も昔はダラッダラ時間をかけてレポートを書いていましたが、最近はレポートを一時間で書く!と決めてその時間内で書ききるようにしています。


そうしたことによって自分でも良いレポートを書けるようになったなと感じます。


早くて、かつ質も良い仕事が出来るようにどちらか一方ではなく両方共伸ばしていきたいですね。

自分の考えを話せるようになるためには?

「○○さんは、どう思いますか?」

「えっ、えっと、…いいと思います。」




こんな会話、してしまうことありませんか?
僕はあります。この前もありました。「どう思いますか?」と聞かれて黙るという最悪なやつをやりました。


今日は意見を問われた時に、自分の意見を言えないというのはどうなんだという話です。

その会話における自分の存在意義を考えた時、自分の意見を言えないというのは完全にノーバリューです。

段階的には

1. 自分の意見が言える
2. 価値のある意見が言える


という順番なはずなので自分の意見を表現できないというのはスタートラインにすら立っていないということです。
うう、自分で言ってて辛くなってきた……


僕自身、自分の考えを表明することが苦手なので、じゃあどうすれば自分の意見を言えるようになるのかなとい所について考えていこうと思います。


まず、自分の意見を言えない理由について考えていきます。

これは大きく分けて2つの理由が考えられます。
1. 自分の考えがない
2. 自分の考えはあるが、言えない


それぞれ見ていきましょう。

1.自分の考えがない

考えが無ければ伝えることなんて当然出来ませんよね。
僕は普段何も考えていない脳みそ空っぽ人間なのでこれに当たります。
「どう思う?」「どうも思わない。」のタイプです。最悪ですね。


じゃあなんで自分の考えがないんでしょうか?
これには4つ理由が考えられます。

a. 考える習慣がない
b. 知識がない
c. 思考力がない
d. 時間がない


自分に当てはまる理由を上げたので他にもあるかもしれません。
その場合はコメントをいただけると大変ありがたいです。

上3つが主な理由で、dは書いてて心が折れそうだったので付け足しました。笑
考える時間がないなんてことはありえないですからね。社会人で日々の仕事に追われてまともに寝る時間すらないといったレベルだったらまだわかりますが、、



次に
2. 自分の考えはあるが、言えない
について、原因を考えていきます。

a. 否定されるのが怖い(性格の問題)
b. 自分の考えに自信がない
c. 自分の考えをそもそも知られたくない


僕はaとbです。
でもこの理由ってそもそも無い頭で考えてる/考えることに慣れてないから自分の考えに自信が持てないと思うんですよね。

思考力を磨いて自信を持ってこれが自分の考えだ!!と思えるようになればそれを言えないってことはないと思います。

つまり根本的な問題は1. 自分の考えがない になります。


自分の考えを持つために、考える習慣を持ち、知識をつけ、思考力を磨くことが当面の目標だと思います。



さて目標が決まったのでこれらを実践するために行動計画に落とし込んでいきましょう。
これをやるぞ!って決心するだけだとやらなくなってしまうので笑

1. 考える習慣をつける/ 思考力を磨く

これについて、具体的な対策を3つほど考えてみました。

a. フェルミ推定
b. so what? why so?を意識する。
c. ブログを書く


フェルミ推定について、移動中/食事中に頭の中で繰り返し行います。
というのも、これらの時間は何も考えずぼーっと過ごしてしまいがちなのでこの時間に頭をつかうことによって考えるクセをつけさせる目的があります。

so what? why so? は主にコンサル業界で使用されている有名な思考方法です。
「それはなんで?」「だからなんなの?」をキーワードとして覚えておけば、そこを起点に思考を深めていくことができます。
考えよう!だと抽象的すぎてどうすればいいのかわからなくなってしまうのでこのように「考えるためのとっかかり」をストックしておくことが必要です。

・ブログを書くことは、本当に思考訓練になっています。(現在進行系)
ブログを書くためには日常でふと思ったことについて、1つの記事にできるレベルまで思考を深めていかなければいけないので考えるクセがつきます。
この記事を書くためにも、色々考えることができてますし!(思考内容の質は別にして。)




まとめます。
・自分の意見を言えない根本的な原因は普段から考えていないから。
・解決するには普段から考える習慣をつける必要がある。
・具体的な方法としてのフェルミ推定/so what,why so/ブログ




そこそこ具体的なアクションプランが出せたので、後はこれを継続的にやり続けることですね。
継続は力なり!

がんばります。